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イラストレーターなかだえりさんのアトリエは、旧日光街道の宿場町、北千住。駅前こそ、近代的なビルが立ち並び、きれいに整頓されているが、アトリエまでの道すがら、小さな商店街には古い家もちらほらと残り、路地では子供たちの遊ぶ声が聞こえる。銭湯の煙突から湯気が上がり、八百屋のおじさんとおばあさんが、のんびり立ち話をしている。まだまだ下町人情の溢れる町のようだ。
なかださんは、商店街の外れに建つ、築190年という古い蔵をアトリエにしている。
元々は、江戸時代の餅菓子屋が小豆を貯蔵するための蔵だったものを、戦後に増改築され、住居として利用されていたのだそうだ。なかださんがここを見つけたのは大学院生のとき。学生時代は建築を学び、古い町並の調査の一環としてこの町を訪れた。そのときはまさか、自分がそこに住むとは思っても見なかったという。「その後、偶然この蔵が空き家になったと聞いて。当時は建築を学んでいたし、蔵に住む機会なんてそうそうないだろうと思ったんです。実体験してみたかったんですね。あまり深く考えず、すぐに入居を決めました。」
現在は別に住居を構えているが、毎日蔵へ通って仕事の作業を行っている。生活のリズムも早寝早起きだ。「普通のマンションだったら仕事柄きっとものすごい不規則な生活になっていたかもしれません。ここでは町の気配というか、周りのみんなの生活が感じられるので、自然とこういうサイクルになりました。町と共に暮らしている感じ。自転車の音や子供達のおしゃべりなんかも、いい気分転換になるんです。外の音の方が楽しいので、BGMはあまりかけないですし。仕事で煮詰まるということもないんですよ。ふらっと散歩でもすれば、すぐに楽な気分になっちゃうから不思議です。仕事にもメリハリがつきますね。」
住み始めたころは、現代の家にはない不便さにとまどいもあったが、近所の人たちとのコミュニケーションが、なかださんを支えてくれたようだ。心配して様子を見に来てくれたり、お菓子を差し入れしてくれたり。ときには子供達の遊び場と化すことだってある。「え〜り〜ちゃん、あ〜そ〜ぼ!」という呼び声に誘われて、一緒にバドミントンをしてよく遊ぶ。
近所の人たちにいつも見守られている安心感。昔ながらの日本人らしい気遣いが、この町にはまだ存在するようだ。「宿場町という歴史的な町の特徴もあって、人の出入りが多く、新参者でも大らかに受け入れてくれる気質があるように思います。風通しのよい町なんですね。今では私もすっかり千住が大好きです。」
なかださんの作品にも、この町の空気はじんわりと反映されている。小さな頃から絵を描くのは好きだったが、特にイラストレーターを目指していたわけではない。たまたま大学で、教授が出す本にイラストを頼まれて、描いたことがきっかけだったのだそう。来るものは拒まず、なんでもチャレンジするという、なかださんの前向きな性格が新しい道を拓いた。イラストレーターを始めた当時は、建物の絵が多かったという。町並みを研究するため、様々な家や町の絵を描いた。
「毎年個展を重ねるうち、『最近は、人物が多くなったね』と言われました。ここに暮らしていると、人との触れ合いが欠かせません。少しずつ町に溶け込んできているなあ、としみじみ感じました。岩手出身の私には、人との距離がとても近い千住の暮らしは新鮮で面白い。千住の絵なら、頼まれなくても描きますよ(笑)」地元のタウン誌はもちろん、お酒好きななかださんらしく、地酒のラベルや行き付けのワインバーの看板なども手がけている。
蔵の生活は、冬寒くて夏は暑い。しかしそれが日本の気候であり、かつての日本人にとっては当たり前の暮らしだったことに改めて気づく。初めて来たのに、いきなり大の字になって寝転がってしまう人もいるという。蔵の手直しを業者にお願いしたときも、何も言っていないのに、わざわざ金具や網を蔵に合う色に塗ってくれた。
蔵自体はあるがままの状態だが、なかださんの選ぶ家具は、シンプルでモダンなデザイン。蔵の持つ大きな包容力がお互いを引き立て、独特の雰囲気を醸し出す。「蔵があまりに迫力あるので、中途半端なレトロではわざとらしくなってしまうんですね。私は現代人ですから、自分に合った家具を使っています。北欧デザインなんかも好きですし。そのほうが返って、蔵とも自然に馴染むように思います。」2階を仕事場として使い、1階はみんなが集まるスペース。「千住は元気な町。この町の人たちに出会って、私の人生も大きく変わった、と言っていいかもしれません。これからもこの町で、出会いを大切にしていきたいです。」
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