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古い喫茶店や帰省先などで、昔ながらの蚊取り線香のパッケージやケロヨンの風呂桶、軒先に積み上げられたビールケース、端っこが錆びた看板広告などを見かけて、ふと懐かしい気分になったことはないだろうか。それは、どこか温かさを感じる昭和の空気だったり、はっとする斬新な色合わせだったり。そんな懐かしアイテムのパッケージコレクターとしても知られる庶民文化における意匠の研究者である町田忍さんの仕事場「庶民文化研究所」を訪れた。
研究所に足を踏み入れると、由緒ありげな看板、天井からぶら下がる多種多様なコーヒースティック、うず高く積まれているクリアボックスにぎっしりと入った発売当初からの納豆やお菓子、飲料などをはじめとした、さまざまなもののパッケージに圧倒される。天井まで伸びた本棚には、資料本や40冊を超える著書をはじめ、木箱に収められた数百個に及ぶマッチ箱のコレクション、希少な伝統薬や玩具も所狭しと陳列され、ここが町田さんの秘密基地であることが実感できる。元は床屋さんだった物件には、壁面に並ぶ鏡がその名残を感じさせる。
1970年代に学生だった頃、バックパッカーで1年半にわたり欧州を旅した時に、趣のあるイラストや手書き文字で描かれたマッチ箱の意匠の美しさに魅せられた。当時のアルバムには、写真だけでなく砂糖の包み紙からレシート、切符、トイレットペーパーまで、何気なく日常で使われ捨てられるモノたちまでもが保管されている。「モノを集めるきっかけは、小学生の頃に遊んだメンコ集め。だけど僕の原点は、その時のヒッピー旅行かな。路上でアクセサリーを販売して、渡航費を貯めて仲間たちと格安で飛行機をチャーターして行ったんですよ。その頃から路上観察の視点で町を見るようになりましたね。あとは、中学1年生の時に小田実さんの本を読んで海外生活をやってやるんだ!なんでも見てやろう!と影響を受けたことも大きかった。変わった視点でものごとを見るクセがつきましたね。大学卒業後は警察官を経て、クラフト教室の講師、最近まではファミリーレストランのシェフをしていました。」
「例えば、ここ15年くらいかけて伝統薬(家庭薬)をテーマに、旅をしながら取材して本にしたんです。そもそも正露丸のパッケージってどうしてあんなに種類があるんだ?と。正露丸の謎をたどったらマッカーサーにまで辿り着いたんですよ(笑)お菓子の“ういろう”って、もともとは歌舞伎の2代目市川団十郎の十八番だった演目“ういろう売り”でも登場する歴史のある伝統薬の名前なんですよ。あまりにも苦いから口直しで食べたほうのお菓子に名前が移っちゃった(笑)そうやって見ると、土地土地に伝わる薬も面白いもんでしょ?」
そうして普段の暮らしや国内外を旅しながら気になったものを集めていくうちに現在の膨大なコレクションに。その中には、自身の青春時代の思い出、東京オリンピックやビートルズ来日公演のチケットなども。「普段の生活で消耗されるものの中にこそ庶民の歴史が刻まれている。自分がやらないと他に誰もやらない。僕が集めているコレクションや昔のチケットなんかは、お金を出しても買えないもの。決して高価な骨董品や書を集めているわけではない。ひとつの様式美について語りあう、もう精神世界のようなもので(笑)コレクター仲間のなぎら健壱さんたちと“ここは字の細さが違う!”なんて、ああだこうだ語らうんです。言ってみれば、茶道なんかと同じ“道”だと思うんですよ(笑)」
一方、「キリンビール大学」芸術学部森羅万象学科の“町田教授”としての顔をもつ町田さん。ビールとアートの関わりを、キリンビール大学付属博物館所蔵78点と町田さん所有193点の貴重なコレクションを基に講義を受けることができる。「麒麟って、そもそもしゃちほこや狛犬みたいに架空の動物なんですけど、聖人が世に出る前にその姿を現すものとされていて、鳳凰や龍や亀などと共に中国では古代から四霊とされています。そんな麒麟が描かれたラベルが、発売から120年近く一貫して使われているって凄いことです。キリンビールと麒麟との運命的な出会いを感じますね。同じ麒麟なんだけど、少しずつ100回くらい図像が変わっているんですよ。僕は、初期のキリンビールのデザインが好き。古い方が、味わいがある(笑)もちろん今のラベルもいいけれど、洗練されてバランスよくスマートになったものより、初心の頃の、手書きっぽさがある方がインパクトがある。」
それはポスターについても同じだと語る。「結局職人がつくる絵が好きなんでしょう。明治・大正になって海外から文化が入ってきて、線と色の浮世絵に代表される日本の文化とミックスされた時代のポスターには、デザインがシステム化されていない“個人の味わい”があると思うんです。キリンビールのポスターも、今から思うと芸術品。今のポスターとは感覚が違う。庶民が町で接する絵画(アート)的なものとして見られていたのだと。日本で初めての宣伝カーもキリンビール。あのビール瓶の車を走らせていたのは斬新です。今でも生麦工場にレプリカがあるんですよ」時代背景を含め、職人的な意匠が醸し出す味わいを味わうところに、講義の奥義があるようだ。
「僕は、個人的にハートランドビールが好きなんです。昔、麻布にあったキリンビールの洋館風なバーで飲んだものです。そこのギャラリーで僕の絵を展示してもらったこともあって。グリーンのガラスに珍しいレリーフが施されている瓶もお洒落ですよね。」
町田さんが、ビールを美味しいと思うシチュエーションとは?「僕は今、銭湯巡りをしているから、やっぱりお風呂の後に飲むビールが最高!ラベルにある“麒麟という不思議な動物”のもつ霊力みたいなものを自分の体の中に入れるっていうのも味わい深いでしょ(笑)別の言い方をすれば、東京の銭湯には浴槽が壁についているのですが、その壁面の富士山の絵には必ず海か川が描かれていて、その延長線上に湯舟があるんです。つまり、富士山で浄化された清らかな水が自分の体を清めるという深い意味合いも込められていて。それに似ているのではないでしょうか」銭湯の魅力をひと言でいうと「非日常的空間が身近にあること」。ペンキ絵があり、天井が高く、建物もお寺風だったり、お城風だったり。アールデコ様式から宮大工がつくった純和風なものなど、非日常的空間を作ることでリラックスさせる効果があるという。
庶民文化研究所の軒先に掲げられていた“温故知新、昭和はとおくになりにけり”そんなフレーズが似合う町田さんの古き良きものへの興味は尽きないようだ。
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